エスカレーターで下りていたら前の人のリュックが全開になっていて、すごくきれいに整頓された中身だなと思いつつも貴重品が難なく取れそうだったため、これはまずいと思い肩をトントンと指で触った。
電話中のため気のせいにしたかったみたいだけど、その電話より優先されるべき内容と判断したため、もう一度トントン。
気のせいじゃないと思った前の人は、「えっ?」という顔をして振り向いたので、「リュック、めっちゃあいてます」と言ったら、すごい速さで笑顔になり「ありがとうございます」と言ってエスカレーターを少し駆け下り、一歩離れたところでリュックを下ろしてしゃがみ、チャックを閉めていた。
私が声をかけてから笑顔になるまでの時間があまりにも短かったため、「この人は私の言ったことがちゃんと聞こえていたのか?」と真顔か少し怖い顔を私はしていたような気がする。
それに加えて、世界は知らない人に声をかけられることに不寛容だと私は勝手に思っていたというのもあり、喧嘩腰対応のため、あのような顔をしてしまった。
そして、ありがとうの笑顔に対しての準備を全くしていなかったので、私の顔はずっとあのままで、そして、無言である。かろうじてうなずいた。
彼はリュックを閉めたい一心で私の表情などに気を配る余裕はなかったようだけど、もし相手がマダムなどであったら優しさと冷たさを感じて困惑しただろうと思う。
彼のリュックを閉める場所、もう少し落ち着ける場所でやってはどうかと思った。あそこでは降りる人全員が彼をガン見してエスカレーターを降りていくことになる。
以前、駅で手袋を落とした人に手袋を落とした瞬間に「お兄さん。お兄さんっ、お兄さん! 手袋落としましたよ」と言ったら、気のせいまたは勧誘と思い、最初は無視していたお兄さんは最後の掛け声で急にこちらを振り返り、手袋を拾って少し立ち止まり、「ありがとう」と言っていた。
私は手袋を拾ったところをみたところでその事象に対して興味がなくなり、またしても「ありがとう」に対しての準備がされていなかったため、友達との会話にすぐに戻ってしまっていた。お兄さんに対しての反応としては「しかと確認しました」というアイコンタクトのみである。
この2つの事象から世界はそんなに冷たくないのとなんだか面白くなってきたため、他人に声を掛けるハードルを下げようキャンペーンを行うことにした。
家の最寄駅の階段を降りていたとき、またしてもリュックが開いている青年が前にいた。
ものすごい量のプリントが入っていて、これから塾にでも行くのかなと思いながら、リュックを見ていたら、青年も私の視線に気づいて後ろを気にしている。
いっちょいくかと思い「リュック開いてますよ」と言ったら「これ、壊れてるんです」とのこと。
すでに用意されていたような回答。そして、これはそういうふうに使っているんだという固い意志を感じ、笑いながら「そうなんですね」と答えた。
あまりにもすごい量のプリントであった。これではどのカバンもすぐに壊れてしまうので諦めてそうしているのかもしれない。親にリュックを買ってほしいとなかなか頼めないのかもしれない。予備校に通うのはあと少しだから今更買い替えるのは癪だなと思っているのかもしれない。
世界は思ってたより違って、面白いなと思った。
やったほうがいいけど、やらないでいることに最近はとても気持ち悪さを感じているので、とりあえず嫌な気持ちになるまでこのキャンペーンは続けていこうと思います。
たお