ラブもサスペンスもいらない

もっとおふざけしていよう

6、70まで気持ちがもつだろうか

こんにちは、お元気ですか。

散歩をしていたら庭の剪定をしている業者の方に挨拶をされたので、挨拶を返しがてら「その枝切ばさみ便利そうですね」と言ったら、そこから1時間ほど井戸端会議をしてしまいました。
知らない人が自分の家の前で剪定業者と長いおしゃべりしてたらどんな気持ちになるんだろうとドギマギしていましたが、段々気にならなくなって気づいたら1時間経ってました。

私が散歩をしていたのは足の小指が外反母趾の小指バージョン(内反小趾)になってる?なりかけている?っぽくて、こういうのは病院に行っても行った意味なさそうな結果が待っているような気がしたので自分でできることをまずやろうと思いました。
以前の記事で足の形から靴についての考察を書きましたが、確かに履いている靴は足に合っていないものでした。(新しい靴買いましたよ!!)
でも、そんなに靴を履いている時間が長くない(1日1時間くらい)ので、靴以外の原因も大いにあるだろうと思いネットで調べてみると、体幹が弱い・歩き方が悪いというのも原因になるようでした。
正しい歩き方で歩けるように、今日からヨガ・筋トレ・散歩を頑張っていこうというところなんですけど、ただ歩くとですら思い悩むなんて、普通に生きるのがなんか辛くなってきて、面倒になってきて、もう死んでしまいたいなんて思いもよぎってしまいました。

内反小趾に気づいた今、「これ以上悪くなることはない、今が最低だ」と思って何とか散歩に出かけたところ冒頭の剪定業者の方との井戸端会議なんですけれど、剪定業者の方は多分70代でした。
割かし楽しく会話をしていたんですけど、振り返れば私って60代、70代との会話が一番しっくりくるというか、あまり気兼ねなくできるというかそういう節があるなと思いました。
ヨシタケシンスケさんが「おじさんになって楽になった。若いっていうのはなんだか馴染めなかった。」みたいなことを言っている記事を以前読んだことがありますが、私の精神性は60代、70代でしっくりくるようになるんでしょうか。
3、40年後です。
とおいなーーーーーーーーー
最近は一つの壁を乗り越えても、小石につまづく毎日を過ごしていて、なんだか疲れています。なんだか毎日にしっくり来ていません。
そんな私がしっくりくるのが3、40年後かもしれないなんて。
これを良い風にとらえれば、いつか底なしに良い日々が訪れると言えますけれど、じゃあ30年後までぼーっと過ごしていようって言って過ごしたら、多分良い日々は訪れないんですよ。人生の半分をぼーっと過ごしている人に良い日々は訪れないんですよ。
一つ一つ壁を乗り越えて、それがずっと続いて、なんとか生ききった先に底なしのいい日々が訪れる。
なんかしんどいなーーーーーー
もっと楽に、後回しにしながら生きていけばいいじゃんという意見もあるかもしれないですけど、後回しにしたものはあとで切羽詰まった状況でやってくる気がするんですよ。だったら壁が見えた時に、色々選択肢があるときに乗り越えた方がいいかなと思うんです。
でもね、思ったより壁が多い。規模が小さくて進み幅が少ない。
ちゃんとした生活・人生ってハードだなーーーーーーー

たお

椎名林檎の「カプチーノ」を弾き語りました